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みらいギャラリーの扉 〜最近の記事〜
最新の記事内容

富山県は閉鎖的から逃げるな1?(4)「夢みない子供たち」

 
富山県が閉鎖的な象徴
それは、
 
『夢みない子供たち』
 
公立志向
公務員志向
安定した企業
堅実な人生を選ぶ
例えば、
中学・高校と部活でスポーツ競技を選び、全国的に活躍しても・・・、
子供たちは、プロスポーツ選手を目指さない
プロから誘いがあっても、ほとんどが大学や就職を選ぶ
それが、富山県の県民性だ
人生で冒険しない
冒険する人に対しては、
 
「あの人は、そんな無理な事するがかね」
「やめときゃ、いいのに」
 
そんな声がするわけで
だから、
高校野球でも、富山県は甲子園でなかなか勝てない
プロを目指す他県の私学の学生達に対して、
プロを目指さない富山県の県立の学生達がどこまで太刀打ちできるだろうか
結果は見えている
富山県にも私学はあるが、厳しい環境にある
富山県民は、公立第一主義だから、
私学の学生に対しては、厳しい目を向ける
 
「あの人は受験で失敗したんだね」
「今度(大学受験)は、頑張らんと」
 
何だ、その見方は!!
そう腹立たしく思ってきた
そんな大人たちの閉鎖的な声を聞くと、若い学生も反感を持ってしまう
しかし、
当たり前のように、富山県の大人たちは考えが違う
だから、
富山県を出て行きたいという若者が多くなる
 
「富山県にいても、何もないから」
「富山県にいても、面白くないから」
「富山県にいても、何もおこわないから」
「富山県にいても、閉鎖的だから」
 
で、東京の大学へ進む・・
 
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新★越中国物語について
 いまを遡る事、千三百年以上も昔…、日本海にひとつの国が誕生する。

『越中国』

 それまで、越の国と呼ばれていた今の福井県北部から山形県庄内地方が、3つに分けられて生まれた国のひとつだ。
 新しく生まれたこの国は、今の富山県から新潟県中越地方(長岡あたり)までをエリアとしていた。
 その後、大宝2年(西暦702年)に、現在の富山県と同じエリアが『越中国』となる。戦国時代を経て、江戸時代には、前田家による支配を受け、行政が加賀藩・富山藩に別れるという不遇の時代を経験する。しかし、その間も『越中国』という国は存在し続けた。
 明治維新に、一旦は石川県に組み入れられたが、先人の努力により、石川県から分県に成功する。江戸時代の植民地時代から開放された『越中国』は、『富山県』に名前を変えて、再度、行政も独立を果たした。

 このように、さまざまな時代の変遷を受けながらも、『越中国』は誕生から千三百年の永きにわたり、ひとつのエリアとして栄えてきた。

 しかし、時代は再び激動期を迎えようとしている。

 少子高齢化・財政危機・都市間競争など、『富山県』を取巻く環境は厳しさを増す。このままでは、『富山県』が消滅する危険性も高まってきた。
 千三百年の間、ひとつの国として栄えた『越中国』を、もう一度ひとつの国として、新しい物語を描かなければならない時期に来ている。
 その為には、新しい時代を切り開くフロンティアスピリットとして、富山県に「政令指定都市〜越中市〜構想」を、そして真に越中をひとつにする日本版自由ハンザ都市「都市国家〜越中国(越中都)〜構想」を実現してゆく事が重要だと考える。

 この新★越中国物語とは、地域の誇りを持って、地方国の再生・再建国を目指すシナリオづくりの場であり、『越中国』を思い、「この国をなんとかしたい」と思う方々に贈る、未来へのプロローグでもある。